東京大学名誉教授が射抜くワイド1点

[2018年11月10日]

【エリザベス女王杯】日本史上初、いや世界史上初の快挙かも

本日(土曜日)、「早稲田大学本村ゼミ同窓会」がある。一次会は、なんと東京競馬場来賓室である。競馬観戦後、府中駅前の居酒屋で懇親二次会というわけだ。一次会の来賓室は定員20名なので、同窓生10数名では余りが出る。そこに居酒屋「青夷」の競馬常連組が合流する。

そもそもゼミ生が在学中に競馬観戦に誘ったら、参列者の数名から、もう一度、競馬場に行きたいという希望があったのがきっかけ。大学の同窓会を競馬場でやるのは、もしかしたら日本史上初、いや世界史上初の快挙かもしれない。

主賓はあくまで早大卒業生の20代半ばの若者たちだから、「青夷」常連組が大はしゃぎしないかが心配。とりわけ口撃機関銃ヤマの炸裂が気がかりだが、まあ大人しくしていろ、と言うのが土台無理なことかもしれない。

そのヤマはさっそくエリザベス女王杯は2000㍍以上に実績のある⑤レッドジェノヴァが自信の本命とか。ほかに秋華賞3着の⑧カンタービレと府中牝馬S2着の⑫リスグラシューをからめて健全路線でいくらしい。ギャンブル狂師ミノ先生は紫苑Sの勝ちぶりよかった⑬ノームコアを狙うらしい。穴狙いのマスターはハービンジャー産駒の人気薄③レイホーロマンスと⑩ヴァフラームに狙いを定めているという。

天皇賞で④レイデオロと⑩キセキのワイド1点勝負が1着3着で的中。ついでに2頭軸の3連複総流しも的中して、あの日は美酒に酔いしれた。ベストターンドアウト賞の審査員を松山(元)調教師とともに務めたのだが、二人で選んだのがキセキだった。まあ上出来だろう。それにしても優勝したレイデオロの研ぎ澄まされた目が印象的だった。

競馬週刊誌からの誌上パドックに味をしめて、今回も誌上パドック敢行。ハービンジャー産駒なら⑬ノームコアの葦毛の馬体が漲っている。ルメール騎乗なら3着ははずさないだろう。牝馬ならやはりディープインパクト産駒から⑧カンタービレのやや胴長になった馬体が目に焼きつく。

「青夷」常連組の男性諸君よ、同伴する熟女軍団よりも若い早女卒5名に気をとられないように、女ならしっかり牝馬を狙いたまえ。


エリザベス女王杯

⑧-⑬ ワイド1点勝負

⑧-⑬の2頭軸で3連複総流し15点で遊ぶ

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『ワイドの凌』よりひと言

昭和の「エースの錠」が拳銃を片手にのさばってから半世紀が流れた。平成を経て令和の世は馬券を片手に「ワイドの凌」でいきたい。狙い目はできるだけ少なく、基本はあくまでワイド1点勝負。ワイドは当たり馬券が3つもあるのだから、的は見えやすい。馬券は手を拡げると、あの馬も買っておけばよかったと悔やまれる。できるだけ狙い目を絞れば、そんな後悔もせずにすむ。人生は短いのだから、ストレスをかかえこまず、心ゆたかに競馬も馬券も楽しむこと。それがこの世界で長生きする秘訣である。

本村 凌二

1947年5月1日、熊本県八代市生まれ。
東京大学名誉教授。
専門は古代ローマの社会史。専門の近著に『ローマ帝国人物列伝』『一冊でまるごとわかるローマ帝国』

「もし馬がいなかったら、21世紀も古代だった」という想念におそわれ書き起こした『馬の世界史』が2001年JRA馬事文化賞を受賞。その他の競馬関連の近著に『競馬の世界史 - サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで』(中公新書)。20世紀のペンネームは本村雅人。

ハイセイコーが出走した1973年の第40回東京優駿日本ダービーから、第57回を除き、毎年東京競馬場でライブ観戦するなど、日本の競馬にも造詣が深い。
夏から秋にかけてはヨーロッパで過ごす事が多く、ダンシングブレーヴが制した、あの伝説の凱旋門賞や、タイキシャトルが勝ったジャック・ル・マロワ賞。また、シーキングザパールが日本調教馬として初めて海外GI競走を制したモーリス・ド・ギース賞などをも現地でライブ観戦している。競馬と酒をこよなく愛する、知る人ぞ知る競馬の賢人。

伝説の凱旋門賞
勝ち馬ダンシングブレーヴの他、ベーリング、シャーラスタニ他、JCにも参戦した鉄女トリプティク、そして日本ダービー馬シリウスシンボリも含め出走馬15頭中11頭がGI馬という当時としては最強のメンバーが集結したレース。そんな好メンバーの中、直線入り口最後方から全馬をまとめて差し切り勝ち、しかも当時のコースレコードのおまけ付だった。

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