今回のゲストは、昨年2011年にデビューした藤沢和雄厩舎所属の杉原誠人騎手です。よろしくお願いします。
杉原:よろしくお願いします。
谷中:杉原君、よろしくね。相変わらず可愛い顔してるね~(笑)。ホッペも良い感じで。
杉原:僕、ちょっとエラが張っていて、顔の形がベース型って言うんですかね?子供の頃は「ベース」って呼ばれてました。
谷中:ホームベース呼ばわりされたんだ(笑)。「滑り込んでやろうか」とか言われてたんじゃないの?
杉原:本当にそんな勢いですよ。「踏んづけてやろうか」みたいな。凄くショックだったし、嫌でしたよー。
谷中:いいじゃないか「ベース」なんて。俺なんて中学のときのあだ名は「ゴキブリ」って言われていたからね!
「ゴキブリ」(笑)!何でまたそんなあだ名に。
谷中:チョロチョロ動くから、だって(笑)。そんな理由なら他の呼び方もあるでしょ(笑)?
杉原:最悪ですね(笑)。ベースが可愛く思えてきました。
谷中:でしょ(笑)!
ツラいあだ名体験ですね(笑)。では最初の質問をさせていただきたいんですけど、まずは杉原騎手がジョッキーを目指したキッカケから教えてもらえますか?
杉原:ダイワメジャーですね。ダイワメジャーが勝った天皇賞秋を見に行ったときです。朝早くお父さんと競馬場に行って、ゴール板の目の前のスタンドに場所取りをして見ていたんですけど、地鳴りのような歓声で、凄い鳥肌が立ったんですよ! あれはカッコ良かったですよね。
谷中:確かにカッコ良いよね。ダイワメジャーは俺も大好きなの。で、競馬場に一緒に行ったってことは、お父さんも競馬が好きなの?
杉原:お父さんもおじいちゃんも競馬大好きなんです。実家が所沢で府中競馬場も近かったし、僕が乳母車のときから競馬場に連れて行ってもらっていました。僕、競馬新聞で漢字とカタカナを覚えましたからね。小学校で習う前からいろんな漢字が読めましたよ。「横山典」とか。
谷中:ハハハハ!それは凄いわ(笑)。で、乳母車の頃から連れられて、小学生あたりから興味を持っていたの?
杉原:いや、小学校の頃は野球をやっていたので、あまり競馬に興味がなかったんですよ。で、中学になって周りに競馬好きがいて、それでまた。でも部活をやっていたから、あまり競馬場には行けませんでしたけど。
谷中:部活は何をやってたの?
杉原:野球です。
谷中:中学も野球だったんだ。ポジションはどこ?
杉原:セカンドです。他のポジションをやるときも内野ばっかりでしたね。
谷中:いかにも小柄な選手がやりそうなポジションだね。チームの中でも、小柄だったでしょ?
杉原:一番小柄でした。僕、36キロぐらいしかなかったんですよ。レギュラーだったんですけど、やっぱり小柄な分、打球が飛ばないですよね。
谷中:じゃあ野球選手の道じゃなくてジョッキーの道に進んで正解だったね(笑)。ダイワメジャーの天皇賞を見た後に「父ちゃん、俺、競馬の道に進むよ」みたいな話をしたの?
杉原:とりあえず、競馬学校の試験を受けてみるって。そうしたら「とりあえず受けてみれば」って言われて。
谷中:反対されなかったんだね。受験するって決めてから、食事制限とか試験に向けて準備を始めたりはした?
杉原:小柄だったんで体重は大丈夫だったんですけど、それまで馬に乗ったことがなかったので、二次試験の前に4回くらい乗馬クラブに行って乗りました。
谷中:初めて乗ったとき、どうだった?
杉原:まず、馬に乗れないことにビックリしました。試験で「飛び乗り」があるんですけど、それが出来なくて、ヤベー、乗れないって。
谷中:飛び乗りは大変だよね。馬に乗って、恐いって思わなかった?
杉原:恐いっていうことはありませんでした。高いっていうのも感じなかったんですけど、それまで駆け足もやったことがなかったのに「目を瞑れ」とか「手を離して」とか言われると、マジかーっ?て思いましたね。
谷中:そうそう。俺達はサーカス団員になるんじゃねーんだって思ったりすんだよね(笑)。けど、その目を瞑ったり手を離したりするのは、結局バランスを取るのに大事なことなんだよね。
杉原:大事なんですよね。本当、最初は、何でこんなことさせられるのかなって思いましたけど、競馬学校に3年間通ってその大事さが分かりました。それが2年間じゃ分からないし、3年間通う意味があるんだなって思いました。
谷中:そうなんだよね。時間が経って分かることってあるもんね。ちなみに学校生活で辛かったことってある?
予想はユーザー登録のあと!!
うまスクエアからのメルマガを受け取りたいメールアドレスを入力して下さい。
※携帯のメールアドレスでも、ご利用頂くことが出来ます。
入力されたメールアドレス宛てに【仮登録メール】をお送り致します。
【仮登録メール】に記載されたURLをクリックして頂くと、うまスクエアへのメンバー登録が完了します。