東京大学名誉教授が射抜くワイド1点

[2013年6月23日]

【宝塚記念】いずれか1頭なら抜けるかもしれない

20年ほど前だったから、おぼろげな記憶しかない。毎年、夏休みになるとロンドンに滞在して図書館通いをしていたころだ。若い武豊がドーヴィルで騎乗するというから、土曜日に飛行機でパリに出て一泊。翌朝、サンラザール駅から列車2時間でドーヴィル着、まっすぐ競馬場へ行って、馬券と観戦のくりかえし。日本で有名でも、そのころの若々しい豊は海外では騎乗も少なく、人気もなかった。そこが狙いで複勝を買ったら、どえらい高配当で1000フランぐらい儲かった(1フラン=約23円の時代)。気分よく6時発の列車で8時にはサンラザール駅到着、10時半発の飛行機には十分間に合うはずだった。


ところがオルリー空港行きの地下鉄が遅れに遅れて、出発15分前に着いたのだが、安全管理上、飛行機だから乗せてくれない。翌朝6時の飛行機に乗れと指示された。パリ市内に戻るより飛行場近くのホテルに泊まるのが楽だと思ったが、オルリー・ヒルトンしかない。部屋は広々として超豪華だが、朝5時前には起きなければならない。たった6時間しか滞在できないし、それもただ寝るだけのため。1泊950フランをむしられて、豊さんで儲かった金が消えてしまった。悔しかったですよ。


この木曜日に関西の経営者団体によばれて昼食会後の講演。前日には大阪のANAホテルに泊まるように指示されて、午後2時に到着。ホテルの部屋はクラブ待遇で広々として超豪華だった。しかも招待だから、こっちは無料。あのオルリーの借りを返してもらった気分で部屋滞在21時間を十分に堪能した。


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『ワイドの凌』よりひと言

昭和の「エースの錠」が拳銃を片手にのさばってから半世紀が流れた。平成を経て令和の世は馬券を片手に「ワイドの凌」でいきたい。狙い目はできるだけ少なく、基本はあくまでワイド1点勝負。ワイドは当たり馬券が3つもあるのだから、的は見えやすい。馬券は手を拡げると、あの馬も買っておけばよかったと悔やまれる。できるだけ狙い目を絞れば、そんな後悔もせずにすむ。人生は短いのだから、ストレスをかかえこまず、心ゆたかに競馬も馬券も楽しむこと。それがこの世界で長生きする秘訣である。

本村 凌二

1947年5月1日、熊本県八代市生まれ。
東京大学名誉教授。
専門は古代ローマの社会史。専門の近著に『ローマ帝国人物列伝』『一冊でまるごとわかるローマ帝国』

「もし馬がいなかったら、21世紀も古代だった」という想念におそわれ書き起こした『馬の世界史』が2001年JRA馬事文化賞を受賞。その他の競馬関連の近著に『競馬の世界史 - サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで』(中公新書)。20世紀のペンネームは本村雅人。

ハイセイコーが出走した1973年の第40回東京優駿日本ダービーから、第57回を除き、毎年東京競馬場でライブ観戦するなど、日本の競馬にも造詣が深い。
夏から秋にかけてはヨーロッパで過ごす事が多く、ダンシングブレーヴが制した、あの伝説の凱旋門賞や、タイキシャトルが勝ったジャック・ル・マロワ賞。また、シーキングザパールが日本調教馬として初めて海外GI競走を制したモーリス・ド・ギース賞などをも現地でライブ観戦している。競馬と酒をこよなく愛する、知る人ぞ知る競馬の賢人。

伝説の凱旋門賞
勝ち馬ダンシングブレーヴの他、ベーリング、シャーラスタニ他、JCにも参戦した鉄女トリプティク、そして日本ダービー馬シリウスシンボリも含め出走馬15頭中11頭がGI馬という当時としては最強のメンバーが集結したレース。そんな好メンバーの中、直線入り口最後方から全馬をまとめて差し切り勝ち、しかも当時のコースレコードのおまけ付だった。

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